
こんにちは、口コミちゃん運営のくちこみちゃんです。
衣笠球場の跡地は、現在の立命館大学衣笠キャンパス内にあり、球場そのものの形は残っていません。かつてプロ野球の公式戦も行われた場所なのに、今の景色だけを見ると野球場だったとは気づきにくいところが、ちょっと意外ですよね。
ただ、当時のホームベース付近を示す記念プレートや、周辺に残る衣笠球場の電柱名など、歴史をたどる手がかりはあります。現在どうなっているのか、どんな球場だったのか、見学前に気をつけたい点まで整理していきます。
この記事のポイント
- 衣笠球場の跡地が現在どう使われているか
- 記念プレートや電柱名など残る手がかり
- 松竹ロビンスやプロ野球開催との関係
- 見学前に確認しておきたい注意点
衣笠球場の跡地は今どうなった

この章の主な見出し
- 現在は衣笠キャンパス内
- 記念プレートが残る場所
- 球場の形は残っている?
- 電柱に残る球場名
- ホームベース跡の見方
衣笠球場の跡地は、現在の立命館大学衣笠キャンパスの一部になっています。かつてはプロ野球や大学野球、高校野球、女子プロ野球まで行われた球場でしたが、今は球場としての形をそのまま見ることはできません。
ただ、何も残っていないわけではありません。キャンパス内にはホームベース付近を示す記念プレートがあり、周辺には「衣笠球場」「キヌガサキュウジョウ」といった名前が残る電柱表示も確認されています。今の姿と、たどれる名残を分けて見ていくと分かりやすいですよ。
関連リンク
現在は衣笠キャンパス内

衣笠球場の跡地は、現在の立命館大学衣笠キャンパス内にあります。現在の平井嘉一郎記念図書館、学生会館、存心館、中央広場などの周辺が、かつて球場があった範囲とされています。
球場は1948年に立命館大学の敷地内に造られた野球場で、もともとは大学の硬式野球部の専用球場として始まりました。その後、プロ野球の公式戦にも使われ、松竹ロビンスとの関わりでも知られるようになります。大学の施設として造られながら、地域の野球史にも関わった場所なんですね。
現在は、当時のグラウンドやスタンドがそのまま残っているわけではありません。球場閉鎖後、運動場として整備され、その後は校舎や広場などキャンパス施設に変わっています。なので、現地で「ここが外野です」「ここが一塁側スタンドです」とすぐ分かる状態ではないです。
現在の跡地イメージ
| 確認したい点 | 現在の状況 |
|---|---|
| 球場そのもの | 残っていない |
| 跡地の場所 | 立命館大学衣笠キャンパス内 |
| 目印 | 記念プレート、周辺の電柱名 |
| 当時の雰囲気 | 写真・資料と照らすと想像しやすい |
| 注意点 | 大学施設のため公式案内の確認が必要 |
特に大事なのは、現在の跡地は観光施設ではなく大学キャンパスの一部という点です。訪問を考える場合は、開放状況や見学の可否が変わる可能性もあるため、正確な情報は公式サイトをご確認ください。
記念プレートが残る場所

衣笠球場の跡地で分かりやすい手がかりが、記念プレートです。資料から当時のホームベースがあった場所を特定し、2020年9月にキャンパス内の地面へ記念プレートが埋められたとされています。
プレートがあるのは、平井嘉一郎記念図書館前と紹介されています。ここは、かつての衣笠球場でホームベース付近だったと考えられている場所です。今のキャンパスの景色と、かつての球場の位置が重なる場所なので、跡地を知るうえではかなり重要なポイントですね。
ただし、記念プレートは大きな記念碑のように遠くから目立つものではなく、地面に設置されたタイプです。通りすがりに何となく歩いているだけだと、見落としてしまう可能性があります。行く前に、立命館大学や野球伝来150年関連の公式情報で場所を確認しておくと安心です。
記念プレートで分かること
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 示しているもの | 当時のホームベース付近 |
| 設置時期 | 2020年9月 |
| 場所の目安 | 平井嘉一郎記念図書館前 |
| 意味 | 球場跡を現在に伝える目印 |
| 見るときの注意 | 大学構内のルールに従う |
私は、こういう跡地を見るときは「何が残っているか」だけでなく、なぜその場所に目印が置かれたのかを見ると楽しみ方が変わるかなと思います。衣笠球場の場合、プレートは単なる案内板ではなく、消えた球場の位置を今のキャンパス上で読み直すための手がかりです。
球場の形は残っている?

衣笠球場の跡地には、球場の形そのものは残っていません。スタンド、グラウンド、バックネット、スコアボードのような、ひと目で野球場だと分かる構造物は現在確認できない状態です。
もともとの衣笠球場は、20段の木造スタンドを備え、最大で約2万人を収容できたとされています。グラウンドの規模も、センターライン約110m、ファウルライン約90mとされ、大学施設としてはかなり本格的な球場だったことが分かります。
その後、木造スタンドの一般使用が難しくなったことや、大学側が学外使用を制限したことなどを背景に、球場としての役割は徐々に小さくなりました。1960年代後半ごろには閉鎖され、跡地は運動場、さらに校舎や広場へと変わっていきます。
残っているもの・残っていないもの
| 種類 | 現在の状況 | 見るときのポイント |
|---|---|---|
| グラウンドの形 | 残っていない | 現地だけで球場範囲を読むのは難しい |
| 木造スタンド | 残っていない | 当時の写真や資料で確認する形 |
| ホームベース跡 | プレートで示される | 跡地理解の中心になる |
| 球場名 | 電柱表示に残る | 周辺を歩くと名残を感じやすい |
| キャンパスの地形 | 一部参考になる | 資料と照らすと想像しやすい |
つまり、今の衣笠球場跡地は「遺構を見る場所」というより、資料・プレート・地名の名残を組み合わせてたどる場所です。現地で球場らしい形を期待して行くと少し拍子抜けするかもしれませんが、背景を知ってから見るとかなり味がありますよ。
電柱に残る球場名

衣笠球場の名残としてよく紹介されるのが、周辺の電柱に残る「衣笠球場」「キヌガサキュウジョウ」という表示です。球場そのものは消えていても、管理用の名称として昔の地名や施設名が残ることがあります。
立命館大学の史資料センターの記事でも、衣笠キャンパス周辺の電柱に球場名の表示が残っていることが紹介されています。特に、大学院棟方面へ抜ける通用路付近などで見られるとされていますが、電柱表示は変わる可能性があるため、今も必ず同じ状態とは限りません。
この電柱名は、公式な観光案内の看板というより、生活インフラの管理名として残ったものです。そのため、探す場合も周囲の通行や大学関係者の邪魔にならないように見るのが大切です。写真を撮る場合も、人の顔や個人情報が写り込まないように注意したいですね。
電柱表示を見るときのポイント
- 球場の建物跡ではなく、名前の名残として見る
- 周辺環境や大学施設の利用者に配慮する
- 表示が更新・撤去されている可能性も考える
- 写真撮影では人や車両番号などの写り込みに注意する
こうした電柱名は、地図に大きく載るような情報ではありません。でも、球場が地域の中にあったことを感じられる小さな証拠でもあります。記念プレートが「球場の中心を示す手がかり」なら、電柱表示は「地域に残った記憶の手がかり」と見ると分かりやすいです。
ホームベース跡の見方

衣笠球場跡地を理解するうえで、ホームベース跡はかなり重要です。ホームベースは野球場の向きや広がりを考える起点になるため、ここが分かると「当時のグラウンドはどちらへ広がっていたのか」を想像しやすくなります。
資料では、現在の平井嘉一郎記念図書館の南東あたりにホームベースがあったと考えられています。立命館大学のフィールドワークでも、復元図面と現在のキャンパス平面図を重ねて、ホームベースの位置を確認する取り組みが行われています。
ただ、現地では周囲が現在のキャンパスとして整備されているため、ホームベース跡だけを見ても、すぐに昔の球場全体が浮かぶわけではありません。そこで、ホームベース跡を見るときは、周辺施設との位置関係をセットで考えるのがおすすめです。
ホームベース跡から見る流れ
| 見る順番 | 確認すること |
|---|---|
| まずプレート | ホームベース付近の位置を確認 |
| 次に周辺施設 | 図書館、中央広場、存心館などの位置を見る |
| その後に資料 | 当時の写真や図面と照らす |
| 最後に全体像 | 球場の向きや広さを想像する |
ホームベース跡は、ただの記念ポイントではなく、消えた球場を今の地図上に重ねるための基準点です。現地で完璧に再現する必要はありませんが、「ここから投手方向、外野方向が広がっていたのかも」と考えるだけで、跡地の見え方が変わってきます。
衣笠球場の跡地を知る前に

この章の主な見出し
- 開場から閉鎖までの流れ
- 松竹ロビンスとの関係
- プロ野球公式戦の記録
- 女子プロ野球の開催
- 見学前に確認したい点
- 衣笠球場の跡地まとめ
衣笠球場の跡地を見るなら、現在の場所だけでなく、なぜこの球場が注目されるのかも押さえておくと理解しやすいです。衣笠球場は、大学の野球場でありながら、プロ野球、女子プロ野球、高校野球、社会人野球にも関わった少し珍しい存在でした。
今は球場の形が残っていないため、歴史を知らないまま行くと「普通のキャンパスに見える」で終わってしまうかもしれません。ここでは、開場から閉鎖までの流れ、松竹ロビンスとの関係、見学前に確認したい点まで整理します。
開場から閉鎖までの流れ

衣笠球場は、1948年に立命館大学の敷地内に造られた野球場です。正式には立命館衣笠球場とされ、大学の体育施設としての役割だけでなく、市民や体育団体にも利用してもらう意図があったと紹介されています。
建設は1948年5月ごろに始まり、同年9月に完成しました。20段の木造スタンド、スコアボード、選手控室などを備え、最大収容人数は資料によって表記に幅がありますが、2万人規模とされることが多いです。当時の大学施設としてはかなり本格的だったと見てよさそうです。
最初の試合として知られるのは、1948年9月22日の立命館大学と同志社大学の定期戦です。その後、11月にはプロ野球の試合も行われ、京都の球場として存在感を高めていきます。
衣笠球場の主な流れ
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 1948年5月ごろ | 球場建設が進む |
| 1948年9月 | 衣笠球場が完成 |
| 1948年9月22日 | 立命館大学と同志社大学の試合が開催 |
| 1948年11月7日 | プロ野球の試合で使用 |
| 1950年 | 松竹ロビンスとの関係が深まる |
| 1951年 | 木造スタンドの一般使用が難しくなる |
| 1952年 | 学外使用が制限される |
| 1967年前後 | 球場としての役割を終える |
閉鎖時期は、資料によって「1967年ごろ」「1968年まで」など少し表記が分かれます。ここは細かい年を断定しすぎず、1960年代後半に役割を終えた球場と理解しておくのが自然かなと思います。
松竹ロビンスとの関係

衣笠球場を語るうえで外せないのが、松竹ロビンスとの関係です。松竹ロビンスは、1950年にセ・リーグ初代覇者となった球団で、衣笠球場はその専用球場、本拠地に近い形で使われた時期がありました。
もともとは大陽ロビンスとして知られていた球団が、1950年に松竹ロビンスとなります。この年はプロ野球が2リーグ制に分かれた大きな転換期でもあり、衣笠球場はその歴史の中に登場する場所なんですね。
ただし、現在のプロ野球の本拠地のように、長く安定して使われた球場とは少し違います。大阪球場の完成やナイター設備の整備などにより、より集客しやすい球場での開催が増え、衣笠球場でのプロ野球開催は短い期間に限られました。
⚾ 松竹ロビンスとの関係整理
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 関係が深い時期 | 主に1950年前後 |
| 球団名 | 松竹ロビンス |
| 位置づけ | 専用球場・本拠地的に扱われた時期あり |
| 特徴 | セ・リーグ初代覇者と関わる |
| 注意点 | 長期の固定本拠地とは言い切りにくい |
つまり、衣笠球場は「京都にプロ野球チームの本拠地があった」と語られる背景を持つ場所です。ただ、現代の感覚でいう本拠地とは制度や運用が違うため、短期間だけプロ野球史の表舞台に出た球場と捉えると分かりやすいですよ。
プロ野球公式戦の記録

衣笠球場では、プロ野球の公式戦が行われました。多くの資料では、公式戦の開催数は66試合と紹介されています。一方で、立命館側の史資料では67試合とする記載もあり、集計対象や扱う試合の違いがある可能性があります。
最初にプロ野球で使われたのは、1948年11月7日の阪急対南海、急映対中日のダブルヘッダーとされています。この試合には多くの観客が集まったとされ、開場から間もない衣笠球場がプロ野球の舞台になったことが分かります。
1949年には大陽ロビンスの試合を中心に多く使われ、1950年にはセ・リーグ、パ・リーグの試合も開催されました。当時のスター選手が衣笠球場でプレーした記録もあり、今は跡形がない場所とは思えないほど、濃い野球史が残っています。
プロ野球開催の見方
| 見るポイント | 整理 |
|---|---|
| 開催時期 | 1948年から1951年ごろが中心 |
| 開催数 | 66試合とする資料が多い |
| 初使用 | 1948年11月7日のダブルヘッダー |
| 主な関係球団 | 大陽ロビンス、松竹ロビンスなど |
| 終了の背景 | 木造スタンド規制や大阪球場の影響 |
ここで大事なのは、衣笠球場が単なる大学グラウンドではなく、戦後間もない京都のプロ野球開催地のひとつだったという点です。試合数は多くありませんが、短期間にぎゅっと歴史が詰まった球場だったと言えます。
女子プロ野球の開催

衣笠球場では、男子プロ野球だけでなく、女子プロ野球も行われました。特に1950年の京都ヴィナス軍と東京エーワン軍の試合は、1万人を超える観衆が集まったと紹介されています。
現在の感覚だと、1950年に女子プロ野球が大きな観客を集めていたこと自体に驚く人も多いかもしれません。当時は各地に女子プロ野球チームが存在し、衣笠球場もその試合会場のひとつになっていました。
記録では、1950年7月9日に京都ヴィナス軍と東京エーワン軍が対戦し、接戦の末に京都ヴィナス軍が勝利したとされています。また、同年10月にも女子プロ野球の試合が開催された記録があります。
女子プロ野球で注目したい点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開催年 | 1950年 |
| 主な対戦 | 京都ヴィナス軍、東京エーワン軍など |
| 観客数 | 1万人超と紹介される試合あり |
| 意義 | 女性選手のプロ野球史にも関わる |
| 跡地との関係 | 衣笠球場の多面的な歴史を示す |
衣笠球場の跡地を調べると、どうしても松竹ロビンスやプロ野球本拠地の話が目立ちます。でも、女子プロ野球が行われた場所でもあると知ると、球場の見え方が少し変わりますよね。いろいろな野球の記憶が重なった場所として見るのが近いと思います。
見学前に確認したい点

衣笠球場の跡地は、現在の立命館大学衣笠キャンパス内にあります。そのため、一般的な観光地や公園のように、自由に長時間見学する前提で考えない方が安心です。大学施設としてのルールを優先する必要があります。
記念プレートは平井嘉一郎記念図書館前にあると紹介されていますが、キャンパスの利用状況や立ち入り可能な範囲は変わる可能性があります。イベント、授業期間、工事、警備上の都合などで、見られる範囲が変わることもあるかもしれません。
写真を撮る場合も注意が必要です。大学キャンパスには学生や教職員がいます。人の顔、学生証、掲示物、車両番号などが写り込むと、思わぬ迷惑につながることがあります。跡地めぐりは、静かに、短時間で、周囲の邪魔にならない形が基本です。
✅ 見学前チェック
| 確認すること | 理由 |
|---|---|
| 公式サイトの案内 | 立ち入り可否やキャンパス情報を確認するため |
| キャンパスの開放状況 | 時期によって状況が変わる可能性があるため |
| 写真撮影の配慮 | 個人情報や通行の妨げを避けるため |
| 記念プレートの位置 | 見落としを防ぐため |
| 周辺の通行ルール | 学生や教職員の動線を妨げないため |
訪問を考える場合は、正確な情報は公式サイトをご確認ください。私は、跡地を見るときは「行けるかどうか」だけでなく、今その場所を使っている人に迷惑をかけないかまでセットで考えるのが大事だと思います。
衣笠球場の跡地まとめ

衣笠球場の跡地は、現在の立命館大学衣笠キャンパス内にあります。球場の形は残っていませんが、ホームベース跡を示す記念プレートや、周辺の電柱に残る球場名が、かつての存在を伝えています。
歴史を整理すると、衣笠球場は大学施設でありながら、プロ野球、女子プロ野球、高校野球、社会人野球にも関わった球場でした。とくに松竹ロビンスとの関係や、プロ野球公式戦の開催実績は、跡地として注目される大きな理由です。
一方で、現在は大学キャンパスの一部です。見学する場合は、観光地としてではなく、大学施設の中に残る歴史の手がかりを見る感覚が大切です。
衣笠球場の跡地の要点
- 衣笠球場の跡地は、現在の立命館大学衣笠キャンパス内にある
- 球場の形は残っていないが、記念プレートや電柱名が手がかりになる
- 1948年に開場し、1960年代後半ごろに球場としての役割を終えた
- 松竹ロビンスと関わり、プロ野球公式戦も開催された
- 1950年には女子プロ野球の試合も行われた
- 見学前には公式情報を確認し、大学施設としてのルールに配慮する
衣笠球場の跡地は、派手な遺構が残る場所ではありません。でも、背景を知ってから見ると、今のキャンパスの中に戦後京都の野球史が重なって見えてきます。プレートや電柱名のような小さな手がかりを拾いながら、静かにたどるタイプの跡地ですね。
調査にあたり一部参考にさせて頂いたサイト
- éç伿¥150å¹´ç¹è¨ãµã¤ã
- <懐かしの立命館>立命館衣笠球場のホームベースはここだ! | | 立命館あの日あの時 | 立命館 史資料センター準備室(旧・立命館百年史編纂室) | 立命館大学
- 衣笠球場 – Wikipedia
- 立命館大学衣笠キャンパス
- <学園史資料から>衣笠球場ものがたり | | 立命館あの日あの時 | 立命館 史資料センター準備室(旧・立命館百年史編纂室) | 立命館大学
- news.yahoo.co.jpの記事
- 大学倶楽部・立命館大:衣笠球場が「日本野球聖地・名所150選」に認定 | 毎日新聞
- 消えた球場(20) 京都・衣笠球場
- 『■立命館衣笠球場跡』
- x.comの記事
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